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大分地方裁判所中津支部 昭和46年(ワ)81号 判決

原告

栗谷キミ子

被告

亀ノ井タクシー株式会社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告の求める裁判)

被告らは各自原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和四六年九月二五日以降右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告らの求める裁判)

主文同旨の判決。

第二主張

(請求原因)

一  本件事故の発生

昭和四三年九月二三日午後九時ごろ、被告三浦利治(以下「被告三浦」という)は普通乗用車(以下「甲車」という)に原告を同乗させて国道二一〇号線を別府に向け進行中、別府市山の手町一四番二二号先の交差点において、訴外首藤澄夫運転の亀ノ井タクシー(以下「乙車」という)と正面衝突し、原告は頭部外傷Ⅱ型、両下腿挫傷、左側胸部挫傷の傷害を負つた。

二  被告らの責任

被告三浦は甲車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであり、被告亀ノ井タクシー株式会社(以下「被告会社」という)は乙車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一) 治療費 四〇万九、五八〇円

原告は本件事故により昭和四三年九月二三日中村病院に入院し、同年一〇月九日大分中村病院に転院し、同年一二月一一日まで合計八〇日間入院し、同年一二月二〇日より昭和四五年六月二日まで合計五三〇日間通院したもので、右治療費として四〇万九、五八〇円支払つた。

(二) アンマ代 一、二〇〇円

原告は本件事故による傷害のためアンマ代として一、二〇〇円支出した。

(三) 栄養費 六、〇七二円

(四) 交通費 六万四、五六〇円

原告は前記大分中村病院に通院するのに交通費として六万四、五六〇円支出した。

(五) 雑費 六、一八一円

原告は前記の通り八〇日間入院したが、その間雑費として六、一八一円支出した。

(六) 逸失利益 一、〇一九万一、二七〇円

原告は本件事故当時教員であつたが、本件事故により一二級一二号相当の後遺症を負つた、しかして原告は昭和四六年三月三一日別府市東山小学校から佐伯教育事務所管内の深島小学校に転勤を命ぜられたが、右深島小学校は離島で医師がいないため、後遺症の存する原告は同日やむなく退職するに至つた。右退職時原告は五八才であつたが、本件事故による受傷がなかつたならば、少くとも六〇才まで後二年間は勤務できたものであり、二年間早く退職したため退職金および年金の額が減少し、別紙明細表記載のとおり合計一、〇一九万一、二七〇円の得べかりし収入を失つた。

(七) 慰藉料 一〇〇万円

原告は本件事故により入院八〇日、通院五三〇日を要する傷害を負い、一二級一二号相当の後遺症を受けたものであつて、原告の蒙つた精神的苦痛を金銭で慰藉するには一〇〇万円をもつて相当とする。

四  損害の填補 一四六万七、五八〇円

原告は自賠責保険より合計一四六万七、五八〇円を受領したので、右損害額から控除する。

五  よつて原告は被告らに対し各九八一万一、二八三円の損害賠償請求権を有するところ、被告らに対し、各自五〇〇万円およびこれに対する弁済期経過後たる昭和四六年九月二五日以降右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(被告三浦の答弁)

一  請求原因第一項記載の事実のうち、原告の傷害の部位は不知、その余の事実は認める。

二  同第二項記載の事実のうち、同被告が甲車の運行供用者であることは認めるが損害賠償義務については争う。

三  同第三項(一)ないし(五)記載の事実は争う。

原告は昭和四三年九月二三日から同四五年六月二日まで入院八〇日、通院五三〇日(実治療日数一一七日)という異常に長い治療を受けているが、原告は本件事故以前から頸椎に変形があり、そのため肩の疼痛や頭病があつたもので、右治療期間は本件事故以前からの症状の治療が主であつて、本件事故による傷害の治療は極くわずかであるから、右事故以前の症状の治療費は控除すべきである。

四  同第三項(六)記載の事実のうち、原告が本件事故当時教員であつたこと、原告主張の日時に退職したことは認めるが、その余の事実は争う。

原告は本件事故のため学校を退職した旨主張するが、これは失当である。すなわち、大分県教職員については従前より管理職教職員以外は満五八才に達した時に退職する旨の慣行が確立しており、右満五八才は一般民間会社の退職年限満五五才よりも長期であるので、満五八才に達する前でもしばしば教職員に対して退職の勧奨が行われていた。しかして、原告は管理職ではなかつたため、昭和三八年に退職の勧奨がなされたが、原告がこれを拒否したため、前記東山小学校に転任させられたのである。そして東山小学校に転任してからも、原告に対して度々退職の勧奨がなされていたのである。従つて昭和四六年三月三一日付で原告が退職したのは満五八才になつたからで、本件事故とは全く関係がない。また原告の本件事故による傷害は昭和四五年六月二日固定し、以後全く通院の事実はなく、退職した昭和四六年三月まで普通どおり勤務していたもので右退職と本件事故とは因果関係がない。

五  同第三項(七)記載の事実は争う。右後遺症は本件事故により生じたものではない。

六  同第四項記載の事実は認める。但し受領額は一四七万八、五八八円である。

(被告三浦の抗弁)

一  共同運行供用者の抗弁

原告は昭和四二年から、被告三浦は昭和四一年からそれぞれ別府市東山小学校に勤務したが、右小学校はいわゆる僻地一級校で、公の交通機関のない場所であつたので、昭和四二年原告と被告三浦が協議した結果、被告三浦が四二万円、原告が七万円を拠出してカローラ一台を購入し、原告および被告三浦の通勤用に供することになつた。購入車の登録は被告名義になつていたが、ガソリン代、オイル代も原告、被告三浦が各自負担していたもので、右車の運行支配と運行利益は原告、被告三浦の両名がこれを享受していた。本件事故も原告が被告三浦運転の車に同乗して東山小学校から帰宅する途中発生したものであるから、原告は甲車の共同運行供用者であり、従つて自賠法三条にいう「他人」に該当せず、被告三浦に損害賠償義務はない。

二  好意同乗による免責の抗弁

仮に自賠法三条の責任ありとしても、前記の如く原告は典型的な好意同乗者であるから、全ての損害項目について五〇パーセントの控除がなされるべきである。

三  自賠法三条但書の抗弁

本件事故は、訴外首藤澄夫(以下「訴外人」という)の一方的過失によつて発生したものである。すなわち、本件事故当時、被告三浦が進行していた道路は、中央線の設けられた国道二一〇号線で、訴外人の進行していた道路に対して優先道路である。仮に優先道路でないにしても、右国道二一〇号線は幅員一〇・八メートルで、訴外人進行の道路(幅員七メートル)より明らかに広い道路である。従つて、訴外人は、本件交差点に差しかかつた際、被告三浦運転の車(甲車)が本件交差点に向つて進行してくるのを認めていたのであるから、本件交差点の手前で徐行又は一旦停止し、被告三浦の車が通過し去るのをまつて本件交差点に進入すべきであつたのに、漫然と本件交差点に進入したため本件事故が発生したのである。か様に本件事故は訴外人の一方的過失に基づくものであり、被告三浦運転の車には、本件事故当時構造上の欠陥も機能障害もなかつたため、自賠法三条但書により責任はない。

四  仮に被告三浦に過失があるとしても、訴外人との過失の割合は被告三浦一、訴外人九とみるべく、被告三浦は原告に対し右過失割合に応じた比例的分割責任しか負担しないから、同被告の責任額は原告が強制保険から受領している額によつて既に填補されているから、原告の請求は棄却されるべきである。

(被告会社の答弁および主張)

一  請求原因第一項、第二項記載の事実は認める。

二  同第三項記載の事実のうち、原告が本件事故当時教員であつたこと、原告主張の日時に退職したことは認めるが、その余の事実は争う。

原告は本件事故のため退職のやむなきに至つたとして逸失利益を主張しているが、原告の本件事故による傷害の固定日と考えられる昭和四五年六月二日以後は通院の事実はなく、退職した昭和四六年三月まで普通どおり勤務していたもので、右退職と本件事故との間には因果関係がないから、逸失利益の主張は失当である。

三  同第四項記載の事実は認める。但し受領額は一四七万八、五八八円である。

(被告三浦の抗弁に対する原告の反論)

一  抗弁第一項記載の事実のうち、原告が七万円を拠出したこと、ガソリン代等を支払つていたこと、本件事故が東山小学校から帰宅の途中発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、被告三浦の車に同乗させてもらう報酬として七万円やガソリン代を支払つていたものであり、原告に運行責任はない。

二  同第二項記載の事実は否認する。原告は前記のとおり報酬(運賃)を支払つて同乗したものである。

三  同第三項記載の事実のうち、被告三浦の車に構造上の欠陥も機能障害もなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故現場は広狭の差のないY字型交差点であるから、被告三浦としては、訴外人運転の乙車の動静に十分注意を払つて進行し、事故発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、これを怠つて自己の進路が通常主要道路と目されている国道であるところから、優先権あると過信し、同一速度のまま交差点に進入したため、本件事故が発生したもので、本件事故の発生には被告三浦にも過失があるというべきである。

四  同第四項記載の事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因第一項記載の事実(但し傷害の部位を除く)は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、本件事故により原告は頭部外傷Ⅱ型、左側脳部挫傷、両下腿挫傷の傷害を負つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  被告会社の責任

被告会社が乙車の運行供用者であることは原告と同被告間に争いがないから、被告会社は本件事故により原告の蒙つた全損害を賠償する義務がある。

三  被告三浦の責任

被告三浦が甲車の運行供用者であることは原告と同被告間に争いがない。そこで同被告の抗弁について判断する。

(一)  共同運行供用者の抗弁について

被告三浦は、原告が甲車の共同運行供用者であつて自賠法三条の「他人」ではないから損害賠償責任が発生しないと主張するので、この点について判断する。

原告が新車購入の際七万円を拠出したこと、被告三浦に対しガソリン代等を支払つていたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。被告三浦は昭和四一年四月より、原告は昭和四二年四月より別府市立東山小学校枝郷分校に勤務していたこと、原告が赴任するまで被告三浦は別府市光町の自宅から軽四輪自動車で通勤していたこと右枝郷分校は僻地で交通が不便なため、始発のバスに乗つても始業時間に間に合わなかつたこと、そこで原告は赴任した当初から一緒に赴任してきた平松干城と共に被告三浦の誘いにより被同告の車に同乗していたこと、東山小学校の山の口分校においても同様の問題があつたため、同年四月末ごろ枝郷分校および山の口分校勤務の教員が集まつて通勤方法につき協議した結果、車の同乗者は新車購入の際各七万円を拠出し、その他毎月燃料費等を支払うことに決まつたこと、しかして被告三浦は同年四月末ごろカローラの新車を五三万円で購入したが、軽四輪の下取り価格が二〇万円であつたため、原告および平松が各七万円拠出し、被告三浦は一九万円と登録税、保険料を負担し、自己名義で登録したこと、原告および平松はガソリン代、オイル代として毎月二、四〇〇円支払い、被告三浦は別府市光町の自宅を出発してまず平松を乗せ次いで原告を乗せて校郷分校に通勤し、帰りはその逆であつたこと、原告および平松は通勤の外、月一、二回の本校での職員会議、年三回程の山の口分校における研究会の際に被告三浦の車に同乗し、私用で利用することは殆んどなかつたこと、被告三浦は学校が休みの時は私用で車を使用していたこと、昭和四三年三月平松は転校したが前記七万円は返還されなかつたこと、同年四月に新しく壽数喜が枝郷分校に赴任してきたが、被告三浦は原告に対し今月からガソリン代等を五、〇〇〇円に値上げすると云つたので、原告はこれに不服を云つたこと、そして翌日、枝郷分校、山の口分校勤務の教員が集まり再び通勤方法につき協議し、被告三浦は原告に三万五、〇〇〇円返還する代わり同乗させないと主張したが、バス通勤しても一日二〇〇円要することから、結局ガソリン代等として毎月五、〇〇〇円出してこれまで通り同乗することに決まり、原告も壽数喜も毎月五、〇〇〇円支払つて通勤、職員会議等に被告三浦の車に同乗していたこと、同年八月ごろ被告三浦は再びカローラの新車(甲車)に買い替えたが、この時の費用は全部同被告が負担したが、この時も前記七万円は原告にも平松にも返還されなかつたこと、同年九月二三日は枝郷分校で運動会が催され、終了後被告三浦は原告を助手席に、後部に壽数喜外一名を同乗させて枝郷分校を出発したが、壽数喜が酔つていたため、被告三浦は先に同人を送ろうと考え、日頃の通勤コースと異なる所を走行中本件事故を起したこと、以上の事故が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は甲車購入前の車の購入費用の一部を負担し、毎月ガソリン代等を支払つて甲車に同乗していたにすぎず、甲車の具体的運行を指示制禦する立場になかつたことが認められるのであつて、甲車につき原告は運行支配を有しないから、被告三浦と共同運行供用者であつたとはいえず、従つて自賠法三条にいう「他人」に該当するというべきである。従つてこの点に関する被告三浦の主張は失当である。

(二)  好意同乗による免責について

被告三浦は原告は好意同乗者であることを事由として、賠償額の減額を求めているのでこれにつき判断する。

前記認定の事実によれば、原告は、昭和四二年四月から本件事故に遭うまで約一年半に亘り、休校日を除く毎日を被告三浦の車に同乗して通勤していたが、これに対し原告は新車購入費用の一部七万円を負担し、同年四月から一年間は毎月二、四〇〇円、昭和四三年四月から本件事故までは毎月五、〇〇〇円をガソリン代等として交付していたものであり、右七万円については返還が全く予定されていないもので、いわば運賃の先払いとして支払われていたことが認められるのであつて、原告の同乗は必ずしも被告三浦の好意に基づいた無償のものとは見受けられないのであるから、かかる場合は信義則若しくは社会通念上被告三浦の責任を軽減する場合に該当しない。従つてこの点に関する同被告の主張もまた失当である。

(三)  自賠法三条但書の免責について

被告三浦は、本件事故は訴外首藤澄夫の一方的過失に基づくもので、同被告には過失がない旨主張する。

〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

本件事故現場は幅員一〇・八メートルの東西にのびる国道二一〇号線に幅員約七メートルの市道がY字型に交差し、更に幅員約七メートルの市道が十字型に交差する五叉路であること、右国道は市道に比べて明らかに幅員が広いと認められないこと、右交差点は信号機が設置されず、路面はアスフアルトで舗装されていること、訴外人は乙車を運転して、昭和四三年九月二三日午後八時四五分ごろ、別府市富士見方面から城島方面に時速四〇キロメートルで進行していたが、本件交差点手前一五メートルで時速三〇キロメートルに減速し、右折すべく左右を見たところ、右方城島方面から進行してくる被告三浦運転の甲車に気がついたが、甲車の前面を先に通過できるものと即断して十分安全を確認しないまま右折を開始したため、甲車に一八メートルに接近して危険を感じ急制動の措置をとつたが間に合わず、自車右前部を甲車左前部に衝突させたこと、一方被告三浦は甲車を運転して国道二一〇号線を城島方面から流川方面に時速四〇キロメートルで進行して本件交差点に至つたが、左方の富士見方面に通じる道路から、訴外人運転の乙車が進行してくるのを認めたが、自己の進行中の道路は国道であるから、乙車が一旦停止又は徐行して自車に進路を譲つてくれるものと軽信し、乙車の動向に十分注意を払わないまま同一速度で本件交差点を進行したが、距離二六・五メートルに接近して乙車が停止しないことに気づき、ハンドルを右に切り急制動の措置をとつたが間に合わず衝突したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告三浦にも本件事故発生につき過失があることが明らかである。従つて同被告の右主張はその余について判断するまでもなく失当である。

(四)  比例的分割責任の主張について

被告三浦は本件の如き共同不法行為においては、共同不法行為者は各過失割合に応じた比例的分割責任しか負担しない旨主張する。しかしながら、共同不法行為が成立する場合、共同不法行為者は全損害につき全額の賠償義務を負い、共同不法行為者の損害発生に寄与した割合に応じた按分責任を負うのではないと解すべきである。(最高裁第三小法廷昭和四三年四月二三日判決参照)従つて同被告の右主張もその余について判断するまでもなく失当である。

以上述べたとおり被告三浦の抗弁はいずれも失当であるから同被告は被告会社と共に原告の蒙つた全損害につき賠償する義務があるというべきである。

四  進んで損害につき判断する。

(一)  治療費 四一万一、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により昭和四三年九月二三日より同年一〇月九日まで中村病院に、同日より同年一二月一一日まで大分中村病院に合計八〇日間入院し、同月二〇日より昭和四五年六月二日まで五三〇日(実治療日数一一七日)中村病院に通院し、治療費として合計四一万一、〇〇〇円支払つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  マツサージ代 一、二〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による傷害の治療のため中尾鍼灸療院において二回マツサージを受け合計一、二〇〇円支払つたことが認められる。

(三)  栄養費雑費 一万六、〇〇〇円

原告は前記の通り八〇日間入院したが、右入院期間中日用品等の購入、栄養補給に要した費用として一日当り少くとも二〇〇円程度を要するのが通常であるから、入院雑費は一万六、〇〇〇円となる。

(四)  交通費 六万四、五六〇円

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により一一七日間通院したが、バスの便が不便なため、学校から病院までタクシーを利用し、タクシー代として合計六万四、五六〇円支払つたことが認められる。

(五)  逸失利益

原告が本件事故当時教員であつたこと、原告主張の日時に退職したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。すなわち、大分県においては、従前より管理職以外の教職員につき満五八才に達した時に退職する慣行があり、五四~五才以上の教職員については従来から退職勧奨がなされていたこと、そしてこれに応じない場合には人事面で事実上差別を受け、遠隔僻地に転勤させられたりしていたこと、原告に対しても昭和四二年ごろから退職勧奨があり、これを拒否したため前記枝郷分校に転勤させられたこと、右転勤後も原告に対して再三退職勧奨がなされていたこと、その最中に原告は本件事故に遭つたが、事故後頭痛にしばしば悩ませられたが、大分中村病院退院後は一日も勤務を休まなかつたこと、本件事故による傷害により脳の器質的障害も運動障害もなく、教員としての勤務に支障がなかつたこと、原告は大正二年三月一二日生まれで、昭和四六年三月には満五八才になるので、原告に対し厳しい退職勧奨がなされたが、これを拒否したため、同年三月二九日蒲江町立深島小学校に転勤を命じられ、翌三〇日の朝刊に移動が発表されたこと、しかしこれは正式発令ではなく、任地の変更の可能性も存していたこと、大分県教職員組合は勧奨拒否斗争を組み、それまで原告に対し勧奨退職を拒否するように指導しており、深島小学校に転勤の内示後も任地を変更させるから頑張るよう励ましたこと、しかし原告は深島小学校が蒲江から船で一時間を要する離島にあるため、嫌気がさして三月三一日付で退職したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実に徴すれば、原告の退職は勧奨に応じた退職というべきものであり、本件事故と右退職との間には相当因果関係がないというべきである。従つて原告の逸失利益の主張はその余について判断するまでもなく失当である。

(六)  慰藉料 一〇〇万円

原告は本件事故により入院八〇日、通院五三〇日(実治療日数一一七日)を要する傷害を受け、〔証拠略〕によれば、一二級一二号相当の後遺症を負い、現在も頭痛に悩まされていることが認められるのであり、これ等諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰藉するには金一〇〇万円をもつて相当とする。

五  損害の填補

以上のとおり原告は被告らに対し一四二万八、二〇〇円の損害賠償請求権を有するところ、〔証拠略〕によれば、原告は一四七万八、五八八円の自賠責保険を受取つたことが認められるからこれを前記請求額から控除すると、原告の損害はすべて填補されたことになる。

六  よつて原告の本訴請求は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 将積良子)

(一) 自昭和46年4月至昭和47年3月、1年間の給料明細

〈省略〉

(二) 自昭和47年4月至昭和48年3月、1年間の給料明細

〈省略〉

2,744,732×0.95238(ホフマン係数)=2,614,027〈2〉

(三) 2年早く退職したための退職金の差額 9,175,000円-6,665,000円=2,510,000円〈3〉

(四) 2年早く退職したため年金の額が少なくなつた、昭和47年4月現在原告の余命は19年23である。

970,715円-664,308円=306,407円 306,407円×13.116ホフマン係数=4,019,464円〈4〉

逸失利益

合計 2,380,395円〈1〉+2,614,027円〈2〉+2,510,000円〈3〉+4,019,464〈4〉=11,523,886円

(現在受給している年金2年分)

11,523,886円-1,332,616円=10,191,270円

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